「仕事の評価は悪くないのに、給与は動かない」。そんな違和感を抱えやすいのが、正社員の3DCGデザイナーです。
年収を押し上げる決め手は、作品の巧さだけではありません。役割のレイヤー(リード/AD/TA など)に上がること、そして成果を再現できる形で見せること(品質KPI・工数・手順)。この2つがそろうと、査定テーブルが切り替わります。
本稿では、相場の全体像→ステージ別の評価軸→年収を上げる具体策→1000万円レンジに届く現実的ルートの順に整理します。
年収相場の全体像
日本の平均給与は約460万円。一方、ゲーム開発の職種別ではアーティスト職の平均が約550万円という調査があり、「ゲーム×アートは平均よりやや上振れ」という地合いが読み取れます(母集団・年次は異なるため傾向値として扱う)。
会社タイプでの差
採用テーブルは会社の設計で変わります。大手パブリッシャー/有名デベロッパーは賞与や各種手当を含む総報酬が高止まりしやすく、レイヤー上位(リード/AD/TA)ほど給与テーブルが明確に上がります。受託・アウトソースは案件の幅と「スピード×品質の再現性」で帯域が決まり、スタートアップは年俸一本化やSOなど報酬設計の個社差が大きい――この三つの型だけでも相場観は変わります。
職種・役割での差
同じ“アーティスト”でも、LookDevやライティングのように表現の要に関わる役割は上振れしやすい。テクニカルアーティスト(TA)はPythonやシェーダ、ツール開発、パイプライン設計でチーム生産性に直結するため、恒常的に希少価値が高い職種です。リード/ADは個人技より、レビュー基準と再現手順の設計・運用が評価の中心になります。
プラットフォーム・地域での差
据置・VRのような長期開発×高品質要求の領域は報酬が上振れしやすく、スマホ運用は更新サイクルの速さゆえ安定品質×スピードが評価されやすい。地域は依然として首都圏優位ですが、リモート普及で差は緩和傾向。それでも採用テーブルの基準自体は首都圏寄りに設計されがちです。
出典:
国税庁「令和5年分 民間給与実態統計調査」https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan/gaiyou/2023.htm
CESA「ゲーム開発者の就業とキャリア形成 2023」https://www.cesa.or.jp/uploads/2024/info20240315.pdf
厚生労働省「職業情報提供サイト(job tag)/CG制作」https://shigoto.mhlw.go.jp/User/Occupation/Detail/329
キャリアステージ別レンジと評価軸
評価は“巧いかどうか”よりも、あなたが入ることで現場がどれだけ安定して良くなるかで決まります。以下では、各ステージで何が変わると評価が上がるかを具体例で示します。
※金額は会社やタイトルで振れるため、この章は“評価が動く条件”に絞っています。
ジュニア(〜3年)
ここで重視されるのは、止まらない制作と指示の再現。命名・フォルダ・エクスポートなど基本の徹底は“できて当たり前”に。Unreal Engineではマテリアル/ライト/シーケンサーを自走で扱える範囲を少しずつ広げます。
評価が動くのは、同じ指摘を繰り返さなくなる/納品の所要時間がぶれなくなる/自分の手順を他メンバーが再現できる状態が続いたとき。詰まりやすい工程(LOD設定、テクスチャ差し替え等)をチェックリスト化し、再発率を自分で追うだけでも、手戻りは目に見えて減ります。
ミドル(3〜7年)
役割は主要アセットの安定供給に加え、横断連携(エンジニア/プランナー)へと広がります。ここからは「自分がやる」より“誰がやっても狙いどおりになる仕組み”が評価の中心。
効く見せ方は、before/afterで何をどう良くしたかを短く説明(破綻・ノイズ・負荷などのKPI)、軽い自動化(Python/バッチ)で反復作業を置き換え、仕様Q&Aのログを貯めて再発を止めた事実を並べること。たとえば命名とエクスポートをスクリプト化し、1アセット当たりの所要時間を実測で縮める――この“再現可能な短縮”は査定でも転職でも強い材料になります。
シニア/リード(7年〜)
主戦場はレビュー品質の均一化とチーム生産性の底上げ。ガイドライン・サンプル・進行の可視化で、新メンバーが入っても品質と速度が揺れない状態を設計します。外部委託の受け皿づくりも評価対象。
説得力のある実績は、スプリントの完了率・リワーク率が継続改善している、ガイド/テンプレの再利用率が伸びている、リスクを早期検知→前倒し解消する運用が回っている――という“継続する数字”。レビューで毎回出る指摘はチェック項目に固定し、OK/NGのスクショ基準を添えると、ばらつきが一気に減ります。
AD/TA/管理職(専門・マネジメント)
ADは表現方針とレビュー基準の運用、スコープ管理で「迷わない制作」を実現。TAはPython/シェーダ/ツール/最適化で「作る仕組み」を更新します。どちらも個人技より、手順化された仕組みが他メンバーの手で回ることが評価の本質。
提示例:
- AD…LookDev基準書+OK/NG比較画像+レビュー所要時間の推移
- TA…最適化のプロファイル結果(UEのStat/Insights)+導入手順+実利用回数
出典:
CESA「ゲーム開発者の就業とキャリア形成 2023」https://www.cesa.or.jp/uploads/2024/info20240315.pdf
厚生労働省「職業情報提供サイト(job tag)/CG制作」https://shigoto.mhlw.go.jp/User/Occupation/Detail/329
年収を引き上げる5つの具体策
ここでは、査定や選考で効く実務の変化を5点に絞ってまとめます。どれも今日から仕込みを始められます。
- 役割の段を上げる(プレイヤー → リード/AD)
レビュー基準・テンプレ・サンプルで「誰がやっても揃う」状態を設計。成果物だけでなく仕組みを納品する視点に切り替える。 - 隣接スキルを足す(TA要素:Python/シェーダ/パイプライン)
反復作業の自動化、LOD・ライティングの最適化、エクスポートのバッチ化。短縮時間×人数=年コスト削減を数字で示す。 - 再現可能なポートフォリオにする
before/afterに手順・ツール・KPIを短く添える。誰でも試せる再現手順があると、深掘り質問に強い。 - 英語と分業コラボの実務力を見せる
レビューコメントの英文化テンプレ、仕様Q&A、Jira/Confluenceのログを整える。相手が動ける情報を渡せることが価値。 - 査定・交渉を設計する
四半期ごとに成果ログ(KPI/短縮時間/再利用率)を1枚に集約。評価面談前に役割拡張の提案(レビュー枠の新設、テンプレ配布)を添える。
1000万円レンジを狙う4つのルート(条件付きで現実的に)
1. 社内昇進(リード/アートディレクター)
レビュー体制・品質基準・外部委託の運用まで面倒を見ると、評価テーブルが切り替わります。改善で浮いたコストやリスク回避の金額換算まで示せると、判断が速い。
2. 専門特化(テクニカルアーティスト)
Python/シェーダ/ツール開発/最適化でパイプラインを短縮。プロファイル結果と導入手順、実利用回数を添えて“仕組みとしての価値”を示す。TAは調査上も水準が高く、上位帯の比率が相対的に高い職種です。
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3. ハイクラス転職(AAA/大手)
Unreal Engineでのハイエンド実績、大規模開発のレビュー運用、海外チームとのコラボ経験を束ねて提示。規模と体制の成熟がテーブルに反映されやすい。
4. グローバル転職(外資スタジオ)
英語での仕様調整・レビューを実例で示し、成果の“移植性”(他スタジオでも再現できる手順)を明文化。公開求人でも上位帯の提示は散見されますが、レンジは時期や企業で大きく振れるため、職務範囲と成果の再現性で比較する方が確実です。
出典:
CESA「ゲーム開発者の就業とキャリア形成 2023」https://www.cesa.or.jp/uploads/2024/info20240315.pdf
よくある質問(FAQ)
Q. ポートフォリオは何をどの粒度で見せるべき?
A. 作品画像だけでは弱い。課題→施策→結果(KPI)を1画面にまとめ、描画負荷・破綻率・リテイク率など現場の痛みに直結する数字を添える。
Q. チーム貢献はどう伝える?
A. テンプレ・命名規則・簡易ツールの再利用が肝。適用回数や適用範囲まで示すと、個人技ではなく仕組みの価値として理解される。
Q. 英語はどの程度必要?
A. まずはレビューコメントと仕様Q&Aが書けるレベル。定型文テンプレを用意し、既存ログを英日併記で貯めると迷わない。
Q. リモート・副業は年収に影響する?
A. アウトプットの可視化ができていればプラス。副業は守秘・アセット利用の線引きを明文化しておく。
まとめ
年収が動くのは、役割のレイヤーを一段上げる準備が整い、裏付けとして成果を再現できる形で示せたときです。相場の数字は羅針盤にすぎません。評価者が見ているのは「あなたが来てから現場がどう安定して良くなったか」。その答えを、作品の美しさだけに頼らず、手順と前後の数字で短く語れるように整えておきましょう。積み上がった記録が、そのまま査定の材料になり、転職の説明力にも直結します。