「語学とゲームが好き。LQAの仕事やゲームQAとの違い、必要スキルや実務イメージを知りたい」。この記事は、応募準備〜現場の最初の数か月で迷いがちなポイントを、判断基準と具体例でやさしく整理します。
本記事のゴール:読了後、応募から1週間で提出できる最小ポートフォリオ(用語集ミニ版/指摘サンプル/チェックリスト抜粋/字幕同期ミニ比較)の土台を自力で整えられる状態にします。
LQAとは/ゲームQAとの違い(没入を壊す違和感を拾う仕事)
LQAは、単なる言語チェックではありません。言葉の選び方(敬体/常体、語尾、代名詞)、文化的な含意(タブー表現、ジェンダー・差別に関わる言い回し、地域の慣用・比喩、時事ネタの受け止め方)、UI/表示設計(文字長・禁則・フォント置換・可読性)まで横断して、プレイ中の没入を削る違和感を特定し、修正の判断材料に落とし込みます。
ゲームQAが主に“動作の正しさ”を検証するのに対し、LQAは“伝わり方の正しさ”を扱います。
分担の要点
- ゲームQA:動作起因の不具合(進行不能、パフォーマンスなど)。
- LQA:言語・表示起因の違和感(誤訳、語調ブレ、キャラ口調不一致、文字化け、文字あふれ、禁則違反、字幕同期のズレ、フォント置換の問題、文字列凍結(freeze)の逸脱など)。
現場では課題管理ツール上で原因がコード側か文言側かを切り分け、適切な担当へ流します。
違和感の現れ方の例
シリアスな場面で軽い口調になっている/ボタン文言が長くUIが崩れる/省略記号の位置が不自然/縦中横・禁則の破れ/字幕が読了前に消える。いずれも没入を削る要因です。字幕の例なら、影響(理解の欠落・感情の切断)を明示しつつ、表示時間を延ばすか文言を短く整えるかの代案を短く添えて報告します。
仕事内容と作業の流れ(ジュニア視点)
応募直後〜入社1年目は、毎日「どこで判断し、何を残すか」をそろえるだけで迷いが減ります。ここでは、そのための基本的な作業の流れと判断基準を具体例で示します。
- 準備:ビルド取得/変更点の確認/新規文字列の洗い出し。
- 検証:ケース実行+探索(UI見切れ、語調、口調、字幕の読了時間を重点)。
- 起票:事実→影響→最小修正案の順でIssue化(環境・再現手順・スクショ必須)。
- 回帰:差し替え後の再検証と、関連画面の波及チェック。
判断の基本
- 再現性>印象:誰が見ても同じ結果になる手順を書きます。
- 優先度の明確化:読了不可やUI崩れなど没入を壊すものを上位にします。
- 代替案の提示:制約(文字数・語調)に合わせた短い代案を1つ以上添えます。
周辺タスク:用語集/スタイルガイドの“暫定→週次確定”、ゲームQAとの切り分け、チーム標準のツール運用。
上位視点(シニア/リードは何を足すか)
ジュニアの実行に対し、シニアは基準づくりと差し戻し削減を担います(優先度の重み付け、レビューの粒度、用語集の運用ルール、文字列凍結前の変更ゲート)。狙いは「同じ指摘を次回は起きにくくする仕組み化」です。
実務判断の基準と頻出トラブル
“どの場面で、どう直して、どう提出するか”を固定すると迷いが減ります。各項目は判断 → 最小修正案 → 提出の順で、短い現場例を添えます。
指摘レポートの型(1スクロール完結)
項目:場所/環境/再現手順/期待結果↔実際結果/影響/最小修正案/回帰対象。
現場例
- 場所:設定>保存 環境:PS5/JP/1080p
- 事実:ボタン文が折り返し、右側アイコンに干渉
- 影響:視認性低下→誤操作リスク
- 最小修正案:
保存しました
→保存完了
(短語化)。UIは最小幅をわずかに拡張 - 提出:差分が一目で分かるスクショ1枚+回帰対象(同系ボタン3点)
見切れ(擬似ローカライズ/禁則で前倒し検知)
判断:擬似ローカライズで文字長を膨らませ、可読性/整合/設計(禁則・縦中横・省略記号)で評価。数値はチーム基準に合わせ、差分のみ記録します。
現場例
- 状況:メニューの長文ラベルで改行位置が不自然
- 最小修正案:上位語への置換で短語化、必要ならUI余白を最小限拡張
- 提出:Before/Afterの2枚+期待する改行位置を一言で明示
字幕同期(読了可能時間×実表示時間×演出テンポ)
判断:重要語が読み切れるか/演出テンポを壊さないか。CPS等の基準はチームに準拠します。
現場例
- 状況:山場の台詞が読了前にフェードアウト
- A案:表示時間を約0.5秒延長 B案:副詞を削って短縮
- 提出:A/Bを並記し、「Bはテンポ維持、重要語は残る」など採否基準を一行で明記
文字化け(三段切り分け:収録→置換→レンダラ)
判断:1) フォント収録の有無 → 2) 置換ルール適用 → 3) 同レンダラ・同解像度での再現確認。固有名やメニューの可読性喪失は優先度高です。
現場例
- 状況:固有名が「□」表示
- 最小修正案:該当グリフの収録確認→置換フォント適用→暫定で表記ゆれ許容(意味保持前提)
- 提出:対象画面の一括確認リストをIssueに追記
UIオーバーフロー(短語化+UI最小調整の併用)
判断:操作不能/誤認誘発は上位。短語化と最小幅・余白の併用でA/B案を提示します。
現場例
- 状況:タブ名が2行化しバッジと干渉
- A案:
新しい保存設定
→保存設定
(短語化) B案:タブ最小幅をわずかに拡張 - 提出:関連タブの連鎖崩れを回帰対象として列挙
コミュニケーション(短く具体+一歩の代案)
判断:結論→影響→案の順。決め切れない時はA/B+採否基準。
書き方例:「UI崩れのため『保存しました』→『保存完了』を提案。語尾統一・他画面と整合。幅調整のB案も可。どちらでも再検証は同手順。」
求人票の読み方(指標チェック)
- 勤務形態:在宅可否・出社比率・リリース週の運用。
- 時間と割増:所定労働時間、固定残業の時間数と超過分、深夜・休日割増の扱い。
- 職務範囲:LQA専任か、翻訳監修/QA進行/ベンダー調整の含有。
- 対象領域:UI文言/字幕/音声台本/フォント管理/用語集運用のどこまでを見るか。
- 成果物とツール:レポート様式、使用ツール(課題管理・翻訳管理・差分)、レビュー頻度。
- 言語ペア:日本語↔英語のみか、他言語ハブ連携の有無。
- 審査前運用:文字列凍結(freeze)のタイミングと例外ルート。
- ブランチ・SLA:翻訳取り込みのタイミング、ホットフィックス対応、外部ベンダーのSLA。
このチェックを埋めてから数字を見ると、提示年収と実働条件のズレが小さくなります。
市場の伸びしろ
LQAは単独の公的統計が少ない職種ですが、土台となる需要は伸びています。PCの主要流通基盤であるSteamでは、英語以外のUI言語ユーザーが6割超と公式に示され、多言語前提が標準化しています。また、世界のゲーム市場は2024年に1,877億ドル(前年比+2.1%)の見込みとされ、地域同発・大型アップデートの継続で、言語・UI起因の不具合を早期に潰すLQAの重要度は高いままです。
出典:
- Steamworks Docs「Localization and Languages」:https://partner.steamgames.com/doc/store/localization
- Newzoo「Global Games Market 2024」(無料版/概況):https://newzoo.com/resources/blog/global-games-market-revenue-estimates-and-forecasts-in-2024
相場の生データ(参考:公開求人での確認)
実際の提示レンジと運用条件は、公開求人を勤務地×雇用形態×在宅可否×言語ペアで絞り込んで突き合わせるのが早道です。
- Indeed「ローカライズ QA」:https://jp.indeed.com/q-%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BA-qa-%E6%B1%82%E4%BA%BA.html
- SIE(PlayStation Studios QA)LQA関連(時給の目安が明記された例):https://www.sie.com/jp/saiyo/part/part63.html
採用突破セット(提出物と実技60分)
提出物4点(1週間でそろえる)
1) 指摘サンプル(1〜3件):上記“指摘レポートの型”で作成。
2) 用語集ミニ版(50語):表記・品詞・禁止語・由来・参照の列構成。
3) チェックリスト抜粋(20項目):誤訳/固有名ブレ、敬体/常体、語尾統一、時制・助詞、カタカナ語の揺れ、文字長オーバー、改行位置/禁則、縦中横、省略記号、プレースホルダー表示、フォント置換、文字化け、記号の半角/全角、数字の位取り、UIラベルと説明文の整合、エラーメッセージの行動指示、字幕の読了時間(CPS目安)、字幕と音声のズレ、用語集への反映漏れ、文字列凍結中の変更有無。
4) 字幕同期ミニ比較(60秒×A/B/C):時間範囲|字幕文|表示時間|想定CPS|所見
を1行形式で提示し、採用案を一文で明記。
提出時のチェック
- 匿名化(タイトル名・キャラ名・社名は黒塗り/画面名は一般名詞に置換)
- 証跡(環境・再現手順・差分スクショ/動画最小尺)
- 命名規則(
screen_setting_YYYY-MM-DD_v1.png
など) - 1ファイル=1テーマ(PDFまたはスライドで見開き完結)
実技60分(時間配分と評価観点)
- 0〜5分:前提確認(対象画面・言語ペア・プラットフォーム・凍結状況)。
- 5〜35分:検証(UI見切れ/禁則/語調/字幕読了時間を上位から)。
- 35〜50分:レポート化(事実→影響→最小修正案を3件)。
- 50〜60分:ディスカッション(波及範囲・回帰計画・LQA⇄ゲームQAの切り分け)。
評価観点:再現性/優先度の根拠/代案の質(制約順守)/合意形成(用語集・凍結例外の扱い)/守秘・倫理。
サンプル(最小型)
- 事実:設定画面の保存ボタンが折り返してアイコンに干渉。
- 影響:アイコンが視認不能で操作理解が落ちます。
- 最小修正案:
保存しました
→保存完了
(短語化)。UIは最小幅+8pxも選択肢。 - 回帰:類似ボタン3点を再確認。差分スクショ添付。
導入期から定着までの進め方(提出物ベース)
最初の2週間:基礎をそろえる
狙い:指摘の型と用語の土台をそろえます。
やること:指摘フォーマット固定/用語集50語/観点チェック10項目(各1例)。
提出物:指摘3件・用語集50語・チェック10項目シート。
指標:差し戻し率(初期値)・用語の揺れ件数。
1か月目:運用にのせる
狙い:判断をチーム運用に接続し、差し戻しを減らします。
やること:チェック20項目へ拡張/用語集200語+週次“揺れ率”/テキストLint・差分スクショ導入。
提出物:チェック20項目の共有版・用語集200語(履歴付き)・週次レポート1本。
指標:揺れ率(前週比)・差し戻し率(前月比)・平均再現時間。
3か月目まで:実戦と証跡をそろえる
狙い:頻出論点を前倒しで検知し、外部評価に耐える形で残します。
やること:擬似ローカライズのUI差分50枚・字幕同期A/B/C比較・外部レビュー往復の記録。
提出物:UI差分50枚の検知まとめ・字幕同期3案比較表・レビュー往復ログ。
指標:検知率・誤検知率・中央値再現時間/言語不具合密度・用語逸脱率・修正リードタイムの初期ベンチマーク。
よくある質問(FAQ)
LQAとゲームQAは何が違いますか?
ゲームQAは“動作の正しさ”、LQAは“伝わり方の正しさ”を担当します。言語・文化・UI起因の違和感を特定し、最小修正案まで示します。
未経験でも応募できますか?何を用意すれば良いですか?
可能です。指摘サンプル・用語集ミニ版・チェックリストの3点で、読解力と再現性、判断の一貫性を示します。
語学力の目安や資格はありますか?
資格は補足資料で、実務サンプルが最重視されます。原文意図の理解と自然な言い換え、語調・ジャンル表現の扱いが評価されます。
翻訳とLQAの違いは?兼務はありますか?
翻訳は文を生み出す、LQAは体験の中で文を検証する役割です。兼務の場合も、可読性・世界観・UI設計を踏まえた判断が評価されます。
ポートフォリオはどう作れば良いですか?
1ページでBefore→After→理由を3本、用語集50語、チェックリスト20項目、字幕同期ミニ比較を添えます。機密は黒塗り、画面名は一般名詞に置換し、スクショは差分が一目で分かる切り方にします。
在宅・リモートは可能ですか?応募前に確認したいことは?
在宅比率、固定残業の時間数と超過分、字幕検証手順(再生方法・基準)、使用ツール(課題管理/翻訳管理/差分)の4点を事前確認します。リリース週の運用方針も併せて確認します。
どんなツールを使いますか?
課題管理、翻訳管理(CAT)、スクショ差分、テキストLint、版管理など。証跡が残る運用を重視します。
実技テストで落ちやすい理由は?
結論が遅い/優先度の根拠が弱い/代案が制約に合っていない/再現手順が曖昧、の4点が典型です。1件1スクロールで完結させます。
文字化けやフォント問題はどう前倒しで検知しますか?
擬似ローカライズ+スクショ差分で確認し、フォント収録・置換の表を用意。レンダラ・解像度を揃えて再現確認します.
字幕同期は何で判断しますか?
読了可能時間、実表示時間、演出テンポの整合で判断します。A案(表示時間延長)/B案(文言短縮)を並べ、自然さの根拠を一言で示します。
QAエンジニアとしてのキャリアパスは?
ジュニア→シニア→リード/マネージャー。翻訳監修・QA進行など横断経験が優先度設計・合意形成の筋力につながります。
フリーランス(業務委託)で働けますか?
可能です。成果基準(定義・納期・範囲)、SLA(修正リードタイム)、機密・検証環境を契約前に明文化します。
まとめ
小さな違和感を見つけたら、場所と手順、影響を一息で置き、制約内で自然な言い換えを選ぶ。その場の判断を、再現できる形で残す——この往復が積み重なるほど、体験は静かに滑らかになります。
華やかな語りより、扱いやすい根拠。大きく語るより、迷わせない構造。明日も同じ質で提出できるかどうかが、LQAの評価を決めます。